きっと彼女はどこかの部屋の隅で死んでいる〜田村ゆかりLOVE♡LIVE 2012 *I Love Rabbit*の感想に代えて

2012年2月26日、横浜アリーナにて、田村ゆかりのコンサートツアーは終了した。

今回は、5つの公演に参加したのだが、色々思うことが多いライブだった。

今回の大きな特徴として、セットリスト中盤がやたらに分厚くて、MCを挟まず、一気に演奏されたことを挙げることができるだろう。
ちなみに、MCからMCまでの構成は次の通りだ。

4.太陽のイヴ
5.ラブサイン
6.ほんのり桜色
(バンドメンバー・ダンサー紹介)
7.SympathyofLove
8.雨音はモノクローム
9.if
10.ときめきフォーリン・ラブ(VTR:ヤングスターの星)
11.AMBER〜人魚の涙〜
12.Black cherry
13.トラウマの耳たぶ
(バンド演奏)
14.好き…でもリベンジ
15.ねぇ恋しちゃったかな
16.星屑スパイラル
(VTR)
17.Heavenly Stars

セットリストのなかで特に興味深いのが、VTRの「ヤングスターの星」で、ここではデビュー前の田村ゆかりが、新人発掘番組に出演して歌を歌い、見事レコード会社との契約を勝ち取る、という粗筋になっている。

もちろんこれは、登場する「田村ゆかり」の出身地がライブ会場毎に違う、といった演出からも明らかなように、完全なフィクションだ。衣装は母親がカーテンで……といったくだりは多分どこからかパクってきたんだと思う。ちなみに、実際の田村ゆかりはアイドルを目指していたらしいのだが、結局OLとなり、後に上京して声優養成所に通うこととなり……というのはファンにとってはおなじみのエピソードだろう。


で、この胡散臭い映像の後、アイドルっぽいポップスがかかると思いきや、「AMBER〜人魚の涙〜」「Black cherry」「トラウマの耳たぶ」と、やたらにドロドロとした重苦しい曲が続くことになる。それぞれの歌詞の内容については、色々な捉え方が出来ると思うのだが、ものすごく大雑把にまとめると、失恋・悲恋をテーマにしていると解釈することができるだろう。

しかし、よりにもよってこんな暗い曲をなぜ、アイドル誕生ネタの直後に歌ったのだろうか。ちぐはぐな演出だなあ……と、これまで首を捻っていたのだが、横浜での公演を聴いていて、ハタと思い当たった。これってもしかして、田村ゆかりにとっての「理想」と「現実」を表しているのではなかろうか、と。要するに本当はこんなふうにデビューしたかったなあという願望が「ヤングスターの星」で(直前の曲が「if」というのが意味深ですね)、実際はそんな夢を叶えることができなくて、もがき続けていた現実を「AMBER〜」以降の三曲として表現したのではなかろうか。

そして、バンド演奏で一旦区切りをつけて、次の曲はうってかわって明るくてかわいい「好き…でもリベンジ」「ねぇ恋しちゃったかな」へと続いていく。ここでの衣装が本ライブ中で一番ファンシーなバニーガールチックなもので、まるで「理想」側のゆかりんが「現実」を乗っ取ってしまったように思えてくる。極め付きは、次の「星屑スパイラル」の歌い出しで、「夢じゃない 巡り逢えた奇跡」と、曲中堂々とこれこそが現実だと宣言してしまっている。

つまり、このセットリストは虚実が入り混じった、田村ゆかり誕生(「太陽のイヴ」)から現在までの一大叙事詩であると言えるだろう(余談だが、MCからMCまでに演奏された曲と映像の数を全部足すと、本人の年齢と同じ17である)。


なんてことをライブ中ずっと考えていたのだが、そういえば、ある女優(見習い)が抱いた「理想」と「現実」をごっちゃにして描いた映画があったな、ということを思い出した。そう、デヴィッド・リンチが監督した「マルホランド・ドライブ」だ。


マルホランド・ドライブ」は、色々解釈可能で難解な映画なのだが(リンチ的にはそんなに難しくないよ、という人もいるとは思うけれど)、これまた大雑把な粗筋を書くと、女優を目指してハリウッドにやってきた主人公(ダイアン)が思い描いた「理想」の未来と、実際に味わった挫折を、交互に描いた作品として観ることができる。
……そういえば、「マルホランド・ドライブ」でも、トントン拍子で映画出演のオーディションに受かってしまう描写があったはずだ。ひょっとして、このライブは田村ゆかり版「マルホランド・ドライブ」として演出されたのだろうか。だとすれば、ダイアンにおけるカミ―ラの存在は……。

ところで、「マルホランド・ドライブ」では、主人公が衰弱して死にゆくなかで、「現実」と「妄想」がごっちゃになった夢そのものであると解釈できるエンディングを迎えることになる。
と、するならば、このライブもまた、福岡のどこかで今まさに息絶えようとしている田村ゆかりが見ている夢なのではないか? 私たちは、田村ゆかりの情念にによって具現化されたアイドルを横浜アリーナをはじめとした会場に見ていたのではないのだろうか。
ここまでいくと、牽強付会も甚だしいレベルだという感じだが、もともと田村ゆかり自信が、自身のパブリックイメージ(というかアイドル性)をメタな視線で語ることをする人であり、ネガティブなネタを出すことをためらわない人なので、割りと当たらずとも遠からず的な感じで演出されていたのかもしれないなあと思っている。

そう考えると、アンコール後のMCで、増崎孝司によって見事にバースデーライブの流れを潰されてしまったのも、らしいと言えばらしいのかもしれない。情念で出現したアイドルは永久に年をとらないので、誕生日を祝われることなどありえないのだ。それはそれとして、増崎孝司には二度と口を開けるな(「お静かに!」)とは言いたいけれど。


もちろん、映画をほとんど観ない田村ゆかりが「マルホランド・ドライブ」など知っているはずもなく、これは完全に私の脳内妄想ですが、なんというかMCの後味の悪さも含めて印象的なライブでした。

※ セットリストについては、ファンクラブ会報と下記を参照にした。
http://www.setlist.mx/?p=16050